ハレルヤじじいの福音ブログ

ギターの好きなじじいです。

『主の山に備えあり』不思議な? ふしぎな? フシギナ? 物語り

諏訪湖畔にある守屋山とイスラエルエルサレム
あるモリヤ山の共通点とは???

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昭文社 地図)
諏訪湖の南にある守屋山(1651m)この山の麓の
諏訪市茅野市の境に紳長官守矢史料館がある。
守矢家は明治以前までは、代々神官を務めていたという。


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日本聖書協会 口語訳聖書地図より)
イスラエルエルサレムにあるモリヤ山(740m)

「モリヤ」は旧約聖書の創世記22章に記されている。

《創世記22章1節~19節》
これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。
神は彼に、「アブラハムよ。」と呼びかけられると、彼は
「はい。ここにおります。」と答えた。神は彼に仰せられた。
あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、
モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの
山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。
翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、ふたりの若い者と
息子イサクとをいっしょに連れて行った。彼は全焼のいけにえの
ためのたきぎを割った。こうして彼は神がお告げになった場所へ
出かけて行った。三日目に、アブラハムが目を上げると
その場所がはるかかなたに見えた。それでアブラハム
若い者たちに、 「あなたがたは、ろばといっしょに、
ここに残っていなさい。わたしと子どもとはあそこに行き
礼拝をして、あなたがたのところに戻って来る。」と言った。
アブラハムは全焼のいけにえのためのたきぎを取り、
それをその子イサクに負わせ、火と刀とを自分の手に取り、
ふたりはいっしょに進んで行った。
イサクは父アブラハムに話しかけて言った。「おとうさん。」
すると彼は、「何だ。イサク。」と答えた。
イサクは尋ねた。「火とたきぎはありますが、
全焼のいけにえのための羊は、どこにあるのですか。」
アブラハムは答えた。
イサク。神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」
こうしてふたりはいっしょに歩き続けた。
ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、
アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、
自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。
アブラハムは手を伸ばし、刀を取って自分の子をほふろうとした。
そのとき、主の使いが天から彼を呼び、
アブラハムアブラハム。」と仰せられた。 彼は答えた。
「はい。ここにおります。」 み使いは仰せられた。
「あなたの手を、その子に下してはならない。
その子に何もしてはならない。
今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。
あなたは、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」
アブラハムが目を上げて見ると、
見よ。角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。
アブラハムは行って、その雄羊を取り、
それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた
そうしてアブラハムは、その場所を
アドナイ・イエル(主が備えて下さる。)と名づけた。今日でも、
「主の山の上には備えがある。」と言い伝えられている。
それから主の使いは、再び天からアブラハムを呼んで、
仰せられた。「これは主の御告げである。わたしは自分にかけて
誓う。あなたが、このことをなし、あなたの子、あなたのひとり子を
惜しまなかったから、わたしは確かにあなたを大いに祝福し、
あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。
そしてあなたの子孫は、その敵の門を勝ち取るであろう。
あなたの子孫によって地のすべての国々は祝福を受けるように
なる。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。
こうしてアブラハムは、若者たちのところに戻った。
かれらは立って、いっしょにベエル・シェバに行った。
アブラハムはベエル・シェバに住みついた。



上記の記述とよく似た御頭祭という祭りが諏訪大社の上社前宮で
江戸時代までは守矢家が神官として行われていた。
羊でなく鹿が燔祭としてささげられた。
現在は簡略化され鹿の頭のはく製を使用している。
子供を縛り神官が刀を振り上げると使者があらわれ解放する流れは
上記の創世記22章の記述とよく似ている。
上田市の塩田にある生島足島神社に興味深い伝承がある。
この神社は諏訪大社より歴史が古いと言われている。
神様がこの地に寄られてそれから諏訪に行かれたという。
九州の阿蘇から来た 多氏という一族だという。
死海とモリヤの山、諏訪湖と守屋山、 古代のユダヤから
来た人々が遠い故郷によく似た地を選んだのでは?

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守矢資料館に展示された動物のはく製など

旧約聖書ユダヤ人は律法と予言の書と呼んでいる。
律法とはモーセ十戒を始めとした様々な戒めや
罪を犯した際に神との和解のための燔祭の上げ方等
実に事細かに記されている。聖書は神との契約の書とも
言われ、旧契約聖書、新契約聖書とも呼ばれる。

1、あなたは、わたし(天地創造主)のほかに、ほかの神々があってはならない。
2、あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。それらを拝んではならない。
3、あなたは、あなたの神、主の御名をみだりに唱えてはならない。
4、安息日を覚えてこれを聖なる日とせよ。
5、あなたの父と母を敬え。
6、殺してはならない。
7、姦淫してはならない。
8、盗んではならない。
9、あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。
10、あなたの隣人の家、すべて隣人のものを欲しがってはならない。


十戒モーセシナイ山天地創造主なる神から戴いた、
それは二枚の石の板に書かれていた。
荒野をさまよっていたユダヤの民は純金で覆われた契約の箱を
担いで移動した。この中には十戒の石の板、アロンの杖、
マナの入った金の壺(マナとは荒野でユダヤの民に与えられた食物)が入っていた。

これは、日本の三種の神器の原型ではないかと思われる。
また、担いで移動する契約の箱は神輿の原型では?

宿営する時は幕屋をつくり、至聖所に契約の箱を置いた。
外には、燔祭をささげる祭壇があった。ここで羊や牛など
燔祭としてささげられた。

燔祭とは? (広辞苑より)
古代ユダヤ教で、供えられた動物を祭壇で
全部焼いて神に捧げたこと」

アブラハム(前2千年頃)とそのひとり子イサクの
『主の山に備えあり』物語りのあったエルサレム 
モリヤの山に ソロモン王(在位前961頃~前922頃)が神殿を造り
それまでの幕屋から神殿に契約の箱を移した

それから約千年後、エルサレムゴルゴダ古代のエルサレムの図参照)
神のひとり子 救い主イエス・キリストが十字架にかかり
人類の贖罪を完了されたその時、神殿の聖所と至聖所の間に
ある幕が上から下まで真っ二つに裂けた! これは
天地創造主なる父なる神と人との間にある隔てが
救い主イエス・キリストの十字架の贖いによって
取り除けられた! キリストの下記の言葉の如く
 『私が道であり、真理であり、命なのです』 

十字架で血を流し、燔祭として人類の罪を取り除けられ
律法を成就されたイエス
三日後に復活され、人類に希望と平安をもたらされたイエス


『主の山に備えあり』の真意は
キリストの十字架の贖いのことである
 
 ヨハネ福音書3章16~17節にはこう書かれている

『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに 
世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして
滅びることなく、永遠のいのちをもつためである。
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく
御子によって世が救われるためである。』



救いは主の山から始まった!


キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり
その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、
エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。
                                       (ルカの福音書24:46~47)






アブラハムとサラの子がイサク、その子がヤコブイスラエル
ヤコブが神からイスラエルの名を授かった)

アブラハムと女奴隷ハガルの子がイシュマエル(アラブ人の祖)
イスラム教ではアブラハムと共にイシュマエルも尊敬される)

アブラハム・リンカーンはこのアブラハムの名を貰ったものであろう

イスラム教徒90%のインドネシアから日本に技術研修に来ていた
青年にイシュマエルという名の人がいた